★ 【銀幕市的百鬼夜行〜妖魅暗躍編〜】鏡の神社 ★
<オープニング>

 銀幕市という街は、北を山に、南を海に抱かれた、一風変わった街だ。北側半分を取り囲んでいる山々を杵間連山といい、その連山の中で最も高い山を、杵間山という。登山路やキャンプ場があり、夏のレジャー場となっており、頂上近くには展望台があってそこから市を一望することも出来る。また夜景は美しく、密かなデートスポットともなっているようだ。
 その、杵間山の裾野。深い鎮守の森に囲まれた、静謐な空気に包まれた場所に、それはある。
 杵間神社。
 銀幕市の守り神ともされている神社だ。
「……静かですねぇ」
 縁側で熱い茶を啜りながら、年の頃は十四、五といったところの、巫女装束を纏った、長く艶やかな漆黒の髪を携えた少女、日村朔夜はゆるりと微笑んだ。他ならぬ杵間神社の神主の一人娘である。彼女の座るすぐ横では、ピュアスノーのバッキー、ハクタクが午後の暖かな陽射しにうつらうつらとしている。
 祭や正月には大層賑わいを見せる境内だったが、今はただ本来の姿である静けさを湛えている。連立した杉の木も、ただ静かに社を見守っている。
 また、近頃は手足を生やして散歩へ出掛けてしまった品物を探しに行くこともなく、本当に久しぶりにのんびりと過ごしていた。
 ほうと息をついて、再び湯呑みに口を付けた時。
 ぴん、と、何かが引っかかった。
 朔夜は湯呑みを置く。微睡んでいたハクタクが、朔夜の肩によじ登った。ハクタクを一撫でして、朔夜は駆け出した。何とも言えない焦燥感が、朔夜の体を動かした。
 静かな境内に、朔夜の慌ただしい足音が響く。
 行き着いた先は、杵間神社が神宝、『雲居の鏡』が納められた本社のその奥。
 一式の祭壇がしつらえられた、その中央で、神宝『雲居の鏡』が鎮座している。鏡の中の朔夜と目が合った時、その鏡面がゆらりと揺らめいた。
「これは……っ?!」
 『雲居の鏡』が映し出したのは、杵間神社。玉砂利の敷き詰められた境内、その入り口に堂々と立つ鳥居。その先には鎮守の森を抜ける参道。その中を、歩くものたちがある。
 しかしそれは、人ではない。
 人のような手足を生やした、動くはずの無いものたち。
「……百鬼夜行……」
 ぽつり、朔夜が呟いた時、ぞわりと背筋が泡立った。慌てて奥社を飛び出すと、そこには今まさしく『雲居の鏡』に映し出された光景が広がっていたのである。
 朔夜は息を呑んだ。
 その後ろで、かたりと何かが倒れる音がする。
 はっとして振り返ると、『雲居の鏡』もまた手足を生やして駆けて行くところだった。
 一昨年の秋のことが朔夜の脳裏に甦る。神宝を失くすなど、神社に使える者にとってこれ以上無い失態である。
「いけない!」
 慌てて追いかけるが、予想外に素早い動きに、朔夜はあっという間に『雲居の鏡』を見失ってしまった。
「大変、急いで父上とおじいさまに……」
 言いかけて、朔夜は一升瓶を抱えて眠りこける父親と、ボケて昼ご飯は食べたかいの〜と聞く祖父を思い浮かべる。
「いいえ、対策課に知らせなければっ!」
 動き出した器物たちは、妖怪という名をその身に冠して、一様に銀幕市を目指し行列を成すのであった。


 朔夜が対策課に駆け込んでいた頃、杵間神社にも変化が起きていた。
 まず最初にそれに気付いたのは、朔夜の父である。異変を感じ取ったのは、彼も同じらしく、表に出て周囲を探っていたのだ。
「あれ、は――」
 異様な光景だった。神社のすぐ傍、昨日までは森の一部であったところに、それは存在していた。
「神社……? まさか」
 杵間神社の映し身が、そこにはあった。
 まさに鏡で写し取ったかのように、左右対称。見間違えたのではないかと、確認したが――偽者は、確かな実体を持って、ここにあった。つまり、この場には二つの杵間神社が存在している訳である。
 そうして、朔夜の父が肝を冷やしている頃。偽の神社内には、首謀者がいた。彼に無謀に近い勇気があれば、それを知ることも出来たであろうが……一般人にそこまで求めるのは、酷というものであったろう。


「もう、後戻りは出来ない」
 境内にて、男はそういった。その風貌こそ、一般の青年と変わらぬが……見るものが見れば、雰囲気でわかるだろう。彼が、人ではない、ということが。
「まあ、僕とて覚悟は出来ている。きみはどうかな?」
 その場に、人はおらぬ。ただ彼と、一つの鏡があるのみだ。男は鏡を抱えたまま、生き物の居ない空間で、言葉を放つ。
 口を利くものが居ない以上、それは空しい呟きに過ぎない。そうで、あるはずだったが――?
『いうまでも、なかろうよ。今更、そんなことを確認するとは……今になって怖気づいたか?』
 驚くべきは、鏡に意思があり、それを他者に伝える術を持っていた、ということだ。
 これ、は――否。彼は、男と語り合い、意思の疎通を行なっている。つまり、二人は結託した仲間だ、と考えてよい。
 さらに考慮すべきは、鏡の形状だろう。それは、古代の銅鏡のような、いかにも怪しげなものではない。使い込まれてはいるようだが、明らかに近代に作られた、普通の手鏡である。それがなぜ、妖の気配を持つ男と、結託しているのか。あまりにも不相応であると、表現せざるを得ない。
『ああ、怒るな怒るな。冗談ぞ? く、ふふふ……』
「――怒ってない。きみの軽口には、もう慣れた」
 手にした鏡が、鈍く輝いた。
『ふむ? ……まあ、こちらとて覚悟がないでもない。だからこそ、このように鏡像を作り出した。神社一つを具現化させるのは、いささか骨であったがな?』
 それが事実であるとすれば、この鏡こそは、希代の妖鏡。外見に似合わぬ力を持って、杵間神社の映し身を作ったのだと、それは主張する。
 男は、それを当然のように受け止め、口を開いた。
「そうか――なら、良し。そろそろ動こう。僕は、地下に行く」
『ワシは、ここで神社を守るとしよう。……すまん。苦労をかける』
 男は、そっと鏡を立てかけると、改めて向き合い、応えた。
「それこそ今更、だ。僕は僕の思想のために。きみはきみの想いのために。……それで、いいじゃないか」
 鏡からの返答は、待たなかった。青年は背を向け、この場を去る。
『不器用な男よ。まあ、だからこそ、ワシの願いを聞き届けてくれたのだろうが――』
 すでに、意思の疎通が出来ない所へ、彼は移動していた。妖の呟きが、空しく反響する。
『いかん、いかんな。むしろ苦労するのは、ワシの方かも、しれぬのだから。……さて、客の歓待の用意を、せねば』
 鏡が怪しく光り、そして静まる。
 後にはただ、沈黙だけが残っていた。



 朔夜は父から連絡を受け、再び対策課へと向かった。そして、新たに依頼を申請する。
「新たな異変が確認されました。……左右対称の、まるで鏡像のような杵間神社が現れました」
 実在する杵間神社の傍に、それは出現したのだという。タイミングから言って、今起きている騒ぎと関連している、と見るべきだ。早急に調査を行なう必要がある。
「父上は外観を見ただけですが、この様子では内部もそのまま、まねられていると見るべきでしょう。どんな意図があって、こんなものを作り上げたのか。それはわかりませんが……放って置いて、良いものではないと思います」
 だから、すぐに調査の為の人員を確保したい。
 この件は、明らかに妖怪の手によって引き起こされたものだと、朔夜は直感で理解している。しかし何故か? と聞かれれば、答えに窮してしまう、というのが現状だった。
「この事象を引き起こした相手の正体も、目的も不明です。神社の探索、調査で、その辺りが判明すれば良いのですが」
 確実に荒事が起こるという、根拠があるわけではない。
 とはいえ、全体の事件の規模を考えると、どうしても穏便に収まるとは思えないのだ。ゆえに、彼女は言う。
「神社一つ作り上げてしまうほどの、相手です。調査といっても、内部での戦闘を警戒せねばなりません。……その危険を理解したうえで、望んでくださいね」
 しかも今回は、内部いるであろう敵を退ければ、それで良い、という依頼ではない。
 罠があるかもしれない。情報などなく、おとり、ハッタリに過ぎない、という可能性も考えられる。そうして、時間と人材を浪費するというのは、如何にも愉快ではない話だ。
 ――だが、同時に重要な物が隠されている可能性も、否定できない。無視するには、大きすぎる存在であるのだ。
「具体的な調査行動については、そちらで判断してください。現場での判断が、全てに優先します。……単純な力仕事ではないので、向き不向きの差が、大きいかもしれません。ご注意ください」
 そこに何があり、何が起こるのか。まったくの不確定。柔軟な姿勢が求められるだろう。
 左右対称の偽神社。そこへ向かう者達は、お互いにうなづき、確認する。そして、必ずや結果を出すのだと、決意を新たにするのだった――。

種別名シナリオ 管理番号374
クリエイター西(wfrd4929)
クリエイターコメント 今回のシナリオは七名のWR様との共同による、コラボレーションシナリオとなっています。
 すべてのシナリオが多少なりともリンクしていますが、特に【妖魅暗躍編】とタイトルのついた西向く侍WR様・依戒WR様のシナリオとは完全リンクとなっています。
 当シナリオでは、突如現れた偽神社へ突入し、調査を行なうことになります。

 中段に記した会話を見れば、これが何らかの役目を負っていることは、一目瞭然でしょう。
 具体的な調査方法に加え、鏡に対しての対応方針など、プレイング次第では、思わぬ真実が明るみに出るかもしれません。
 おおまかな調査については、記さなくてもこちらで調整します。ですから、強調したい部分を詳しく書くほうが、活躍できるでしょう。
 戦闘については、行動次第ですが……あまり本格的な戦いには、ならないと思われます。

 【銀幕市的百鬼夜行】関連のシナリオはすべて同時期に起こっていることになりますので、同一PCでの複数シナリオへの参加はご遠慮ください。

参加者
ロゼッタ・レモンバーム(cacd4274) ムービースター その他 25歳 魔術師
須哉 逢柝(ctuy7199) ムービーファン 女 17歳 高校生
ハンス・ヨーゼフ(cfbv3551) ムービースター 男 22歳 ヴァンパイアハンター
小暮 八雲(ctfb5731) ムービースター 男 27歳 殺し屋
ヘンリー・ローズウッド(cxce4020) ムービースター 男 26歳 紳士強盗
ルシファ(cuhh9000) ムービースター 女 16歳 天使
<ノベル>

【銀幕市的百鬼夜行〜妖魅暗躍編〜】鏡の神社


 神社に向かった彼らは、突入前に情報を調達する。
「偽神社が鏡写しならば、多少は役に立つかもしれない。調査の前に、神社の間取りを聞いておくべきだろう」
 ロゼッタの提案に、ハンスも同意した。
 ハンターとしての経験上、下準備は重要だ。ましてや今回は、状況が見えなさ過ぎる。
「そうだな。見取り図があれば、欲しいところだ。――時間はとらせない。短時間で、頭に叩き込む」
 そうして、朔夜の父から間取りの情報と、見取り図を入手する。ロゼッタとハンスに倣い、小暮とヘンリーもそれを把握した。これで、内部については問題ないだろう。……あの神社の中が、真実鏡像のようなものであれば、だが。
「油断は出来ねぇな。警戒は、俺に任せてくれよ。……調査は、どちらかといえば不得手なんでね」
 小暮の発言に続き、ヘンリーが提案する。
「それは心強い。ああ――ところで、僕は単独で調査したいんだが、構わないかな?」
「危険じゃないか? なるべく固まって動いた方が、良いと思うぞ」
「ミスタ八雲、僕は確かに戦闘は苦手だ。けれどその分、搦め手には自信がある。……なに、迷惑はかけないさ」
 小暮は心配だったが、相手もムービースター。根拠のない自信ではあるまい、と思い直す。
「危なくなったら呼んでくれ。すっ飛んで駆けつけるからよ」
「ええ、もちろん。……ご厚意、痛み入る」
 引き際を謝るほど、ヘンリーは愚かではない。ロゼッタとハンスも、特に異論はないようだった。
「調査の類は得意な方だ。一人抜けても、問題は無い」
 ロゼッタは己への自負ゆえに、それを受け入れる。
 ハンスも無言でそれを容認した。仕事への姿勢の違いはあれど、真面目に動いてくれるのならば、問題は無いと考えているのだろう。そもそも『独自のやり方』を持っている者に対し、あれこれ制限をつけるのは、かえって非効率。この場合は、好きに動いてもらった方が、往々にしてよい結果を残すものである。
 ヘンリーは全員の了解を得ると、一礼。イレギュラーな行動を許していただいたことに、感謝を表した。
「ではお先に。皆さんも、充分にお気をつけて」
 そうして、準備も整い、いざ突入、というところで――。

「あれ? いつのまに二つ目の神社が出来たんだ?」
「ふわー。なんだか、鏡みたい。凄いですねー」

 二人の少女の登場である。
 あまりに唐突であった為、この場に居る誰もが、これはどうしたものかと、判断に悩んだ。
「どうしてここに? 今、結構な騒ぎが起こってるってこと、知らないのか?」
 小暮は問いかけたが、その答えは彼の満足するものではなかった。
「あたしは、師匠から頼まれて、買出しに出てた所だから。何が何やら、わかりゃしないさ。こっちに寄ったのも、この子を見つけたからでね」
「私、ルシファっていいます。よろしく、お願いしますね」
 無邪気にも、少女はそう名乗った。続いて、傍で控えていた彼女も、須哉逢柝――と名を明かす。
 二人に共通して見られる傾向として、危機感が無い、という点が挙げられる。小暮は、これがいくらかの危険を含んだ仕事であることを、知っている。ここは、止めてやるのが年長者の義務だろう。
「そうか。で、俺達はこれから仕事に入るところなんだ。悪いが、急ぐ用事なんでな。送って行ってやれねぇ」
「送る?」
「ああ、明日には、もう騒ぎは収まってるだろうとは思うけどよ。今は割りとゴタゴタしてる。帰り道で、何が起こるかわかりゃしない状況なんだ。注意して、帰りなよ」
 小暮の注意など、まるで意に介さず、須哉は言った。
「まさか。偶然とはいえ、この状況。目の前に事件があるんなら、手伝うのが筋ってもんだ」
「名案だな」
 ロゼッタが口を挟む。表情には、遊びがない。真剣に検討しているようだった。
「ムービースターだけでは困難な場面でも、バッキーが居れば簡単に済むことがある。彼女の参加に、私は異議を唱えない」
「決まり、だよな?」
 そこまで言われれば、小暮とて拒む理由がなくなる。肩をすくめて、受け入れた。
 こうなれば、とことん面倒を見てやるまでだと思い直し、こちらの事情を説明する。こうして、事態を正確に把握した二人の少女は、本格的に事件に関わる事を決意したのである。
「ある意味では、これは良い出会いだったかもしれないな。……よろしく頼む。しかし、ルシファはこんな所まで、よく散歩に来たものだ。正直、驚いた」
 ハンスも納得して、二人の飛び入り参加を認める。
 ただ、どうしてわざわざ、こんな辺鄙なところまで足を伸ばしたのか。その部分は、気がかりであった。
「特に、理由はないんですけど……散歩していたら、こっちに足が向いたから」
「ふぅん? 何かを、感じ取ったか。それとも偶然か? 都合が良すぎる気が、するんだが」
 といって、気にしすぎるようなことでもない。結果的に戦力が増えたのだから、歓迎すべき自体である。目の前の白い少女も、ここに来るからには、何らかの異能を持っているのだろう。侮ってよい相手ではないと、ハンスの本能が告げている。
 何より、熟考する時間が惜しかった。見れば、すでにヘンリーの姿はない。先行させることは許したが、後続が遅れすぎるのは好ましくないだろう。万一の時は、駆けつけねばならないのだから。
「じゃ、行こうぜ。ルシファ、傍を離れるなよ」
「うん。がんばろうね、お姉ちゃん」
 想いを新たに、五人は神社へと入っていった。そこに待ち受けるものに、期待と不安の入り混じった感情を、向けながら……。


 突入と同時に、ロゼッタは魔術の風を送り込む。これは意思を持って飛び回る、一種の精霊といってよい存在である。この風が何らかの要素で途絶えたなら、其処に何かの罠なり敵なりがある……と言う事だ。

「そうだ。連絡を入れておこう」
 ハンスは携帯を取り出し、対策課へ状況を伝えようとした。
 なんといっても、直前に参入した二人の仲間について、報告しておかねばならない。――それに、この特殊な状況下では、頻繁な情報交換が必要だと考えたからだ。
「……うん?」
 しかし、通じない。
 耳に当てた携帯からは、コール音一つ鳴らなかった。この神社は、決して圏外ではないはずなのに、まるで機能しないのだ。
「どうした?」
 怪訝に思ったのか、ロゼッタが問うた。
「いや、携帯電話が通じないんだ。……どういうことだろう」
「意図的に、外部からの情報を遮断している、と見るべきだろう。どんな奴が相手かはわからんが、存外に器用な能力の持ち主であるらしい」
 憶測だが、これも敵が干渉した結果だと考えるのが妥当か。
 こうなると、もう割り切って進むしかない。ハンスは携帯をしまい、探索に集中しようと、頭を切り替えた。

 全員が隊列を整えて前進。近場の部屋から探って回った。もちろん、廊下も素通りするだけではなく、気を配って隅々まで目を通した。途中参加の須哉とルシファも、慣れないながらも調査に加わり、その力を役立てた。
「これが一種の結界、あるいは作り出された世界であるならば、どこかに基点となる核があるはずなのだが……」
 それを見つけて処理すれば、少なくともこの神社は脅威ではなくなる。相手もそれは理解しているだろうから、秘匿する為に手は打っていると見るべきか。
 よって、魔術でそれを探り、たどって行きたいとロゼッタは思う。いかに妖力に秀でた相手でも、それと魔術とは畑が違う。時間的に言っても、探知に特化した術までは、対策を整えていないはずだ。
 この神社の、核となる部分。そこには偽神社を作り出したものがいるかもしれないし、何か重要な情報があるかもしれない。ここは、一層力を入れて望まねばならぬ。
 ロゼッタには自信があり、実力も伴っていた。さらに、事前に仕入れた情報が活用できるなら、もう後は時間の問題と断言できる。しかし、そう上手く事態が進む保証はない。想定外の展開を警戒する為にも、仲間の助力はどうしても必要になる。
 彼は、その点に不安は無かった。なぜなら、調査を開始してからというもの、仲間のサポートに不満をまったく感じなかったからである。
「今までのところ、見取り図から、そう逸脱はしていないらしい。……ただ、細かい所を見逃さない様に、気を付けないとな。僅かな差異が、解決の糸口にもなることもあるし」
 足を踏み入れて、調査すること十数分。
 ハンスの言葉どおり、事前の情報は充分役立ってくれていた。この神社はまさに、鏡像そのもの。記憶した見取り図を参考に、かなり正確に動けるはずである。
「しかし、まるで仕掛けてくる様子が無いっていうのは、かえって不気味だな」
「同感。まどろっこしいのは、嫌いなんだ。向こうから出向いてくれりゃあ、手っ取り早いんだけど」
 小暮と須哉は、共にこの状況に焦れていた。二人とも、どちらかといえば、丹念な調査より、実戦を好んでいる。
 もっとも、小暮の方は、本業の性質からか、感情を抑える術を熟知していた。面白くない現状でも、耐えるだけならば簡単なことだ。緊張を持続することも、また容易い。
「気は、抜くな。ここはあちらさんの領域だ。いつ何が起こるか、わかったもんじゃない。今は静かでも、常に警戒を怠らないようにしろよ」
「……もちろん。わかってる」
 須哉とて、そう深刻に苛立っているわけではない。ただ、流石に二時間も三時間も、こうした単調な仕事が続くならば――その限りではない、が。
「お姉ちゃん?」
「ああ、大丈夫だよ。ルシファ」
 ルシファの案じるような視線に、須哉は優しい表情を取り戻す。彼女の顔に憂いがあると、そう思っただけで、気は引き締まる。
 心配など、させられない。保護者が居ないこの場では、己がルシファを守るのだ。
「そんな顔しない。……無茶はしないし、きちんと考えて動くよ。第一、怪我なんてしたら、ルシファをちゃんと守ってやれないじゃないか」
「……うん。怪我は、そのうちに治るものだけど。やっぱり、傷付いて欲しくはないもの」
 この子が自分の傍に居てくれるなら、大丈夫だと。本気で、そう思えた。

「風が、消えた……?」
「各自警戒しろ! 何かが来る!」

 ロゼッタが感付いて、すぐ。小暮も続いて声を張り上げた。
 この場において、自分たちの存在を隠すことに意味は無い。こちらが知覚した以上、相手もまたそれを把握しているのだ。
『お探しのものは、見つかったかな?』
 唐突に響いた、声。
 それに即座に対応したのは、やはりこの手の分野に近しい、ロゼッタだった。
「答えてやる義理はない」
『ほう、ほう。わからぬと申すか?』
「お前が姿を現してくれれば、簡単に述べられたのだが」
 全員の視界の中には、特別に怪しげなものは存在しない。ただ、一つ疑えば、全てが疑わしい……と、そう思ってしまうだろう。木目、柱、棚から、それこそ舞い散るほこりに至るまで。
『まあ、それでも放置すれば、すぐに断定してしまうのだろうよ。いや、それではつまらぬ』
 だから、一つ余興を用意した、と。その声は語る。
 そして鏡が一つ、その場に転がり出てきた。
「これは……」
「ただの手鏡だ。特に何の力も感じない」
 ハンスが手にとって確認してみたが、やはり不審な点はなかった。
『余興と、いうたであろう? こちらとしても、貴殿らを傷つけたくはない。意味がないからな。――と、言う訳で探し物の時間じゃ。それと同じものが、この神社のどこかに隠されておる。その鏡を見つけられれば、貴殿らの勝ちとし、知りうる限りの情報を与えよう』
 元々、調査目的で入り込んできたのだから、丁度良い遊びではないか……と。
 言うだけ言って、その声は消える。最後に笑い声を、不気味に響かせながら……。



「こいつはどうも、やりにくいな」
 小暮は呟く。はじめから臨戦態勢で調査に臨み、調査中も、何か起こってほしいという期待があったものだが……。どうも、真っ当な戦闘は期待できないようだ。
 彼の殺し屋としての習性が、この生ぬるい遣り口に不満を覚えたとしても、無理なからぬところであろう。それでも、いざ戦闘になった場合には、全員の安全を優先するだけの甲斐性は備えている。
「それでも、容易に警戒を解かない辺りは、流石じゃないか。……俺はどうも、あの声の主が何を考えているのか、わからない。敵意を感じ取れないものだから、余計にね」
 ハンスとて、戸惑いを隠しきれないようだった。思考に気を取られ、一瞬とはいえ、無防備な姿を晒してしまっていたのだから、余計に腹立たしい。
 無論、顔には出さないが――突発的で理由が見えない行動に、振り回された事実は消えない。ここはどうしても、引き下がれないなと思い直した。
「まあ、それは習性みたいなもんだからよ。それより、今から戦闘に備えた方が良いんじゃねぇ? わざわざあっちから仕掛けてきたんだ。これから何かある、と見るのが自然だぜ」
「そうしてくれるなら、まだ嬉しいんだが……どうかな。用意した銃も、このままではまともに使わせてくれるかどうか、怪しいもんだ」
 戦闘行為を否定するわけではない。だが、今回の目的は、あくまでも調査にある。ここに危険はあるのか、事件に関わっているのか。問題が見つかったら、詳しく探り、その成果を持ち帰らねばならない。
 すると、敵に発見された時点で、半分は役目を果たしたようなものだが……ハンスは、もっと目に見える成果をあげたいと思う。
「ここは、明らかに一連の騒動とかかわりがある。そうでなければ、『情報を与えよう』なんて、言うはずがないからな。……つまり、少なくともこの場は敵の領域であり、何らかの施設であると考えるのが妥当だ」
 ハンスがやっかいだと感じるのは、主導権を相手に握られていることだ。
 声には、自信が感じられた。この遊びに乗らない限り、有効な物証などは得られない。そういう自負が無ければ、ああも悠然と構えていられないだろう。
 事実、これまではどう調査を行なおうと、めぼしい手がかりはつかめなかったのだ。ロゼッタの魔術でも、芳しい結果は現れないのだから……敵の念の入れようは、尋常ではない。これは、漠然と動いても得られるものは、何も無いと思うべきだ。
「風は送り続けている。罠があれば、まだ相手の思考も読めそうだが、その気配もない。どうにも理解しがたいが……本気で戯れているというのなら、その意図は何だ?」
 ロゼッタの疑問に、ハンスも小暮も答えようが無かった。
 ただ、須哉とルシファだけが、単純に物事を見据えている。
「これと同じ、鏡を見つけてくればいいんだろ? とっとと探しちまおうぜ」
「私も! がんばって鏡を探してくるよ。みんなで宝探しだね」
 これは遊びではない……と、突っ込めるものなら、突っ込みたかった。しかし、これは遊びと、明言されたことなのだ。
 他の三人は、苦い表情で、この状況を受け入れた。調査とは、もっと厳粛で、緊張感に満ちているべきだと、そう思いながら。



 早速、二手に分かれて、鏡の探索に入ろうとしたのだが――その必要は、なくなった。
「……うん、わかるよ。あっちにあるんだね」
 ルシファの功績である。
 必要とあらば植物と意思を通じ、声なき物の声を聞くことの出来る力。彼女の異能は、最高の形で探索に貢献したといってよい。
「まさか、相手も渡した鏡を利用されるとは、思わねぇよな」
 須哉が、得意げな笑みを見せていた。妹分の活躍に、満足しているようでもある。
「これで、面倒なことはしなくて済む。あたしらが参加できたのは、結構な幸運ってやつだね。まったく」
「……確かにそうだよな。いやまったく、帰さなくて良かったぜ」
 苦笑しつつ、小暮が感謝の意を表す。
「私も、お役に立てて、嬉しいです。――あ、あそこ!」
 ルシファが指差した先には、祭壇があった。まさに、疑ってくれといわんばかりである。
 おおらかな所のある須哉だが、こうもあからさまであると、罠の可能性を考えずにはいられない。これでも、疑って掛かるだけの細やかさは持ち合わせていたのである。
「注意しろよ。あたしなら、この辺りに派手なやつを設置しておくだろうから、さ」
「ん。……もしもの時は、お願い、ね」
 ルシファ本人に言われるまでも無く、須哉は彼女に危険が迫れば、身を盾にてでも守るつもりだった。
 もし傷と疲労で辛い目にあったなら、抱えて走るくらいのことはなんでもない。それだけの、価値ある役目を、彼女は背負っているのだ。
 そしてロゼッタがまさに、罠のありかを探ろうとしたところで――思わぬ人物からの、助言が入る。

「ご心配なく。そこの仕掛けは、無力化しているよ。……もう、すでに僕が引っかかった後だからね」

 一人で突入していたはずの、ヘンリーだった。
 須哉とルシファは、かろうじて突入直前で、彼の顔を見ている。だから、その唐突な登場に驚きはしても、疑おうとは思わなかった。
「ヘンリー?」
「ミスタ八雲。言いたいことはあるだろうけど、僕はこうして、五体満足でここに居る。……結果よければ、全てよし。と、いうことで、とりあえずは納得してくれないかな?」
 小暮が問いただす前に、彼は言うべき事を口にした。
 だが、どうして先んじてここにたどり着いたのか。その詳細について語るつもりはない。もっと、重要な話があるのだ。
「確かに、そこには鏡があったよ。……これが、また。とんでもない食わせ物だったけどね」
「抽象的だな。もっと詳しく」
「そうだね。……見た目は、ちょっと古びた手鏡だけど、意思がある。驚いたことに、人の言葉を解して、喋るのさ。あれには驚いた」
 ヘンリーは、ここで経験したことを語った。それはまさに、この大規模な怪異に似つかわしい、不可思議な体験であった。





 ヘンリーは、紳士強盗である。
 妙な肩書きだが、己の性格や、能力もそれに基づいている。映画では、立証不可能な、ネタの実在不明な奇術用いて、主役を翻弄したものである。
 ゆえに、これを駆使すれば、霊的な空間の中でもそうそう遅れはとらない。オカルトなどとは、程遠い分野の出でありながら、すでに彼の奇術はそれに近い概念を有していた。
 一直線に、迷わず目的地まで来られたのは、己の特性が大きい。その鏡と真っ先に対面できたのは、彼だったからこそ、といえる。

――これで騙せたら、儲けものだけどね。さあ、上手くいくかな?

 この時ヘンリーは、自分の姿を変えていた。
 姿も声色も、鏡の記憶にある知人のものと同一であり、常人が相手ならば、そのまま騙されたに違いない。
 今の彼は、杵間神社から『雲居の鏡』を逃亡させ、銀幕市に混乱を振りまいた当事者――あの、半妖そのものの姿になりすましていた。会ったこともなく、その上この姿がいかなる意味を持つか、彼は完全に理解していたわけではなかったが――。これが、もっとも効果的な格好だと、己の中の概念が告げているのだ。
 ヘンリーの奇術は、そんな『ありえない』変装さえ、簡単に実現させる。また、ろくに情報が揃っていないにもかかわらず、祭壇に備え付けられた鏡が大元だと。そう看破した辺り、流石は探偵映画のムービースターだといえる。
 彼の推理力は、奇術という能力と並び、理不尽に近い効果を表していた。これには、いかに相手が妖といえども、対応に困ると思われた。

『ほう……ほう! 意外よのう。まさかこのような若人が、真っ先に、真っ向から、ただ一人でワシの元に来たとは。いやはや、まったくもって、この街はあなどれぬ』

 しかし、これが残念なことに、この鏡殿はさして動揺することなく、ヘンリーの変装を見破り、笑った。気配等で、偽者と看破されるのは計算の上とはいえ……まさか一見しただけで、理解するとは。
 なるほど、鏡の妖怪というのは、厄介なものである。姿形だけには、容易に欺けない。
「――どうして?」
『うかつよな。ワシは鏡ぞ? 贋作を廃し、本質を写すことなど訳もない。……油断する気持ちはわかるが、あまり気を抜かぬことだ』
 妖怪は、祭壇に飾られていた。周囲の雰囲気に合わない、普通の鏡が、である。何の変哲もない、化粧道具にしか、見えぬのだ。
 そこがまた、不気味でもあった。第一、口を利く鏡とは、一体なんであるのか? ヘンリーは、まさかこのように言葉を交わせるとまでは、考えていなかった。

――ただの妖怪が潜んでいるかと思ってたけど、どうも、奴は普通ではないらしい。

 相手が普通の化物なら、この変装で手玉に取ってやれる。そう思っていただけに、この結果には驚いた。
 もっとも、そうと見せるほど、ヘンリーは愚かではない。至って平然と、会話を続ける。
「いや、これは失礼。……ああ、確かにそうだ。こうも完璧に杵間神社を写すくらいだからね。最初は、此処に入った人間も左右反転するのかと思ったよ」
『それはいいな。今からでも試してみるか?』
 ブラフだ。ヘンリーはそう読んだ。
「やってみたら? 生きながらにして、体が反転する。そんな珍妙な経験も、たまにはいい」
『ほ! よく言った。……もし可能であれば、実験体にでもなってもらったのだがな』
 遊びは、これまで。
 ヘンリーは享楽的な人間だが、仕事まで忘れたわけではない。ここで情報の収集を図る。
「ただ話をする為だけに、来たわけじゃあない。……質問があるんだけど、いいかい?」
『断る』
 即答だった。
「……少しは考えてくれないかな?」
『悪いが答えられん。皆と合流してからくるのだな。……ぬしが単独行動を起こしてくれたおかげで、こちらの計算が狂ったわ。また改めて、時間稼ぎをしなくてはならんではないか』
 充分だと、ヘンリーは思った。
 間違いなく、この鏡の妖怪は、騒動の中心にいる。そして、今は時間を稼ぐ必要があるのだと明言した。この情報から、ある程度の時間が経てば、この神社が用済みになる、という事実を彼に悟らせる。
 その結果が、どのような形で現れるか。流石にわからないが――今聞いて、答えてくれるとは思えない。ただ、全てが終わった後でなら、案外口は軽くなるかもしれない。
『失言であったかな』
「いや、貴重な情報を頂いたよ。感謝しよう」
 もっと、聞きたいことはある。
 この妙な妖の正体。あの鏡を覗いたら、何が写るのか。やはり、妖怪である以上は、普通と違うものが写せるのか。
『こら、覗き込むな。じろじろ見ても変わりはせん』
 おかしな鏡であることは確かなのだし、喋る以外にも能があるのだから、この場で見せて欲しいのに。
『まあ、存外に興が乗ったが、ここまでだ。――去れ』
「え?」
 浮遊感を感じた。まずい――と、思った時には手遅れで、銃を構える間すらなかった。

――あれ? ここは、玄関?

 まさに、一瞬の出来事であった。神社の奥から、一転して入り口にまで戻されてしまっていた。
 体に不調はない。傷一つつけずに、つまみ出された……と、いうことになる。
「参ったね。どうせなら、試しに銃を打ち込んでみるのだったよ」
 ここで愚痴っていても、始まらない。また先ほどの所まで戻ろうと、神社へと足を踏み入れる。
 そして、再び祭壇までやってきたのだが――そこにはすでに、鏡の姿はなかったのだ。





「ヘンリーの報告を纏めると、こうだな?」
 ロゼッタが、彼の証言を要約した。

・探している鏡は妖怪。今回の事件において、重要な役割を持っていると見られる。
・神社の中に隠れて、時間稼ぎに徹している。
・人の言葉を解し、神社内から人を外に飛ばす能力がある。

 彼はそれに頷く。
「付け加えるなら、今度捕まえたら、そのときはあっさり喋ってくれるだろうっていうところかな。話した感じでは、ひねくれ物だけど……一度腹をくくってしまえば、潔いものだよ。ああいうタイプはね」
 ヘンリーの所感は、おそらく間違ってはいない。これまでの言動から、かなり酔狂な手合いであることがわかる。そういう人格は、ひとたび敗北を認めれば、可能な限り譲歩するものだ。
「すると、あとはどうやって鏡を探し出すか、という問題だけか。……疑うわけじゃないが、少し前までは、ここにあったんだな?」
「そうだよ。なんでだか知らないが、あの鏡は手足もないくせに、自力で動けるらしい。やっかいだよ」
 ルシファの能力では、これ以上の探知は無理らしい。移動されてなお、大元にたどり着けるなら、ここまで誘導されないだろう。
「ごめん。私……」
「謝るな。むここまでつれて来てくれただけでも、充分な働きだ」
「そうそう、ここに来られたから、ヘンリーとうまく合流できたんだから、さ」
 だが、有効な手段が思いつかない。最悪、一晩中神社の中を歩き回されることになる。こちらが逐一探っているうちに、逃げ回ればよいのだから。
 ヘンリーの奇術だけが例外らしいのだが、二度目が通じるとも思えない。ここは敵の領域であるのだから、どうにでも対策は立てられる。いかに暴悪で、理不尽な概念でも、一度目に晒してしまえば、性質を悟られる。特に霊的な力に長けた者なら、防護の手段はいくらでも取りようがあるだろう。
 面倒だが、地道にやっていくしかないのではないか。そういう考えが蔓延していたところで、須哉が質問した。どうも、なにか思いついたらしい。
「あのさ。ここは、杵間神社の写しであって、本物じゃないんだよな」
「そうだとしか思えない。それが、何だ?」
 ロゼッタが答える。それに続けて、さらに問うた。
「で、もう適当な情報は得て、あとは詰めの一手だけ。そう考えても、いいんだよな?」
「――微妙だが、そう思ってもらっても差し支えない」
 今更何を……と彼は思ったが、彼女からの提案は、まさにこの状況を打開するものだった。

「だったらさ、もう壊してしまってもいいんじゃね? この神社」

 彼女は、力ずくでこの神社の破壊行為に及び、向こうから出てきてもらうのはどうか、と提案した。
 確かに、そんな派手な行為をされれば、放置するわけにはいかない。直接出向いて、お帰り願うのが普通だろう。そして、目の前にさえ出てきてくれれば、いくらでも対処のしようがあるのだ。
 ロゼッタの魔術ならば、敵を束縛することも出来る。ましてや、間接的にとはいえ、鏡の力に触れた人間がいるのだ。ヘンリーに使われた術の痕跡を探り、対策を整えることなど、彼には簡単すぎる作業である。
 そしてヘンリー自身も、二度と失態を演ずるつもりはない。小暮も、ようやく腕を振るう機会が来たと喜んでいるし、ハンスも現状の打破を願っていた。いささか乱暴だとは思うものの、対案が見つからない。ならば、試してみるべきだろうと結論付ける。
「やりすぎたら、駄目ですよ? ――須哉お姉ちゃんも、怪我するまで暴れたら、駄目だからね?」
 ただ、ルシファはあまり暴力や破壊行為には向かないし、望まない。その優しい性格が、ここで自重を求めるのは、自然な成り行きであった。
 これには全員が賛同する。彼らとて、好きで神社を打ち壊そうとしているのではない。目的を果たすために必要と思われるから、そうするだけなのだ。
 やるだけやったら手を止めるくらいの常識は、備えていたのである。




 破壊活動に従事すること三分。思いのほか早くに、鏡は彼らの前に現れた。
『なんて事をしてくれる。最近の若人は、そこまで粗暴になったのか』
「いや、早々に出てきてくれて助かったぜ。こちらとしても、不毛な行為はしたくなかったんだ」
 小暮がロゼッタに目配せする。それを合図に、彼は仕掛けた。
『おお?』
「これでもう、逃がさない」
 魔術によって、かの鏡を束縛する。
 これは低位の、さほど強力な術ではない。しかし、鏡は格の高い妖怪ではないらしく、ひどく狼狽し、その動きを止めた。
『いや、いや、いや……これは、また。なんとも』
「観念したか? ――遊びは終わりだ。洗いざらい話してもらう」
 ひとときの逡巡、沈黙の後、それは答えた。
 少しは抵抗するかと思ったが、潔く腹をくくったらしい。戦闘がなくて済むなら、それにこしたことはなかった。

『……わかった。ワシの負けだ。何でも聞くがいい』

 これで、態勢は整った。あとは、得られるだけの情報を引き出すのみ。
 おのおのが、質問すべき事柄を整理し、語りかけた。


 最初に須哉が問いかける。
「なんで喋れるんだよ」
『ノリと気合よ。……冗談だ。拳を握りこむな』
「――で?」
『妖怪に理屈が通じると思うか? ……気付いたら、口が利けるようになっていた。声を発する器官など、あろう筈もないのにな? あまり詳しくは聞くなよ。論理的に説明しろ、といわれても困るのだ』
 そういうものか、と須哉は思った。もとより、彼女は科学の信奉者ではない。軽い突っ込みの返答が得られただけでも、満足であった。
 引き続き、小暮が質問に入る。
「もう一つ。お前が銀幕市を襲った異変と、どのような関わりがあるのか。吐いてもらおうじゃねぇか」
『ワシの友人に、コトハという、えらく不器用な半妖がいてな。一つ大仕事をやらかすから、手伝ってくれと頼まれた。……友人の頼みは、断れぬ』
 半妖……というものが、全体の事件の犯人であること。そして、その彼の目的が大妖怪の復活にあることなどを洩らした。
 それについて、重大な情報だと皆は認識したが、まだ疑問は残っている。友人、と妖鏡は言った。主人、ではないのである。
「友人なら、なんで止めてやらなかったんだ? こんな馬鹿げたことが、成功するなんて思えねぇんだが」
『だからこそだ。これが最後と思えば、奮発してやりたくなるものよ』
 小暮は、もうそれ以上は聞かなかった。そんなものかと、鷹揚に理解する。
「ところで、この神社はあんたが作ったものと考えて、いいんだな?」
 今度はハンスが問う。
「この建物、鏡さんが作ったの?すごいねー!」
『さてな。こうして無力化されている以上、さほど凄いことだとも思えぬ。二の手、三の手も考えてはいたが、どうもワシらにはツキがなかったらしい』
 ルシファの感嘆も、これにとっては感動するようなことでもないらしい。
『まあ、そう考えていただいて、構わぬよ。なぜか、と問われれば――ふむ』
 これは、当初から疑問だったことだ。せっかく犯人を無傷で捕まえられたのだから、当人から納得のいく説明が欲しいとハンスは思う。
『いくつか理由はある。まず一つに、今銀幕市を襲っている怪異から、杵間神社を守る為だ』
 それというのも、杵間神社の神宝、雲居の鏡が出て行ってしまったことが原因である。
 この妖鏡は、半妖との間にいくつかの約束事を設けていた。成功したら彼是……という部分は、もう意味がないだろうから、それ以外について。
『ワシは、元々この神社で使われていた手鏡。件の騒ぎで、ちょっとした変り種として、意思を持つようになってな。もっとも、こんな奇妙な力を持つようになったのは、あの友人のせいでもあるのだが』
 あの半妖は、対象の想いや願いを増幅させる能力を持つ。他にも色々と奇妙な力があり、結果としてこんな妖鏡が生まれてしまった訳だが――まあ、それはどうでもよいか、と話を進める。
『数十年もこの場で過ごしてきた。すると、やはり神社にも愛着があるわけで。……できれば、何があっても守りたいと思うのだ。元よりこの地は、霊的な守護が大きい。杵間神社の写し身を用いて、我が力まで加算させれば、さらに守りは厚くなる。さすれば、いかなる災いからも守りきることが出来る――はずであったのだが』
 とはいえ、何事も例外はある。今こうして、敵の前で無防備な姿をさらしているのだ。思っていたよりも、穴がある作戦であったらしい。
『そしてもう一つ。それは、こちらに調査の人数を割くことで、初動を遅らせることだ。……いささか無理やりな感があるが、戦力を分散させ、こちらに釘付けにすることで、コトハの役に立とうと思った。可能であれば、ここから密かに奴を支援してやろうかと思っていたが……貴殿らは、あまりに迅速だった。試みる前に、このざまよ』
 そしておそらく、半妖自身は、もう思惑を破られ、敗北している頃合であろう。
 鏡は、それを予期していた。わかっていながら、これも義理だと思い、時間を稼いでいたのである。……せめて、あの不器用な友人が負けるまでは、協力し続けていたい。そう、思っていたから。


 絞れるだけ情報を絞った彼らは、鏡の処分をどうするか。その点についても思いを致していた。
『煮るなり焼くなり、好きにすればよろしい』
 と当人(人という文字を使うのは適当でないだろうが)は言うのだが、勝手に決められることではない。
「処分は、当事者たる杵間神社の方々に、一任するというのは?」
 ハンスの提案に、誰も異論は唱えなかった。対策課へ報告する際は、その方針で調整した。
 どうしても相容れない場合は、容赦なく叩き潰すのが道理。事件が全て解決した後、話し合い、なお害をなす意志があるならば……。これを見逃すほど、銀幕市の住人はお人よしではない。
 そして、この騒動はついに、解決する。その鏡の妖怪にとっては予想通りの、面白くない結果を伴って……。


『あの馬鹿め。ワシ一人が生き残ってしまったではないか』
 結局、妖鏡は生き残った。日村朔夜を始めとした、神社の人たちが、生かすことを選んだからだ。
 朔夜はバッキーを抱え、銀幕市で様々な事件に関わる身である。鏡がものを言う程度で毛嫌いしたりはしない。特に被害者が出たわけではないし、容認してもよかろうという結論になった。
 それに全体として、いささか後味の悪い結果に終わったこともあってか、これ以上不毛な行為は目にしたくもない、というのが本音らしい。
『なあ、コトハよ。お前がなぜ、そこまでして破滅への道を選んだのか。理解してやれる奴は、どれほどいるのかなぁ……』
 妖怪のために。その想いは、純粋だった。
 方法が間違えていたことは、わかっていた。しかし、それでも、と。やるのだ、と――決意して。
 負ければ、滅ぶことは覚悟していたろう。最悪、この銀幕市で妖怪の立場が悪くなることも、ありえるかもしれない。それをわかっていて、なお、引き下がれなかった。……真に、不器用な男だった。
 僅かな救いは、最後にいくらかでも、コトハの想いを汲み取ってくれた者が、いたことだ。
 ゆき、という座敷わらしは、「ありがとう」……と、言ってくれたと聞く。
『汚れ役を、誰かに押し付けるものではないぞ? ――誰もが皆、困ったそうではないか』
 コトハを殺すことを、皆がためらった。それでも仕方なく、最後は大男が手を汚した。
 この話を聞いたときは、さもあろうと思いつつ、ならば何故あがかなかった、と怒鳴りつけてやりたくなった。
『けじめ、だと。そういうのは容易い。――しかしな、友としては、納得もしてやれんのだ』
 すでに、何もかもが遅い。死者にしてやれることなど、何もないのだから。

 もうすぐ、春が来る。
 生きていれば、花見でもして、この世を謳歌できたものを。
 ままならぬものだ……と。寂しく、鏡は呟いた。

クリエイターコメント 共同シナリオ、ここに完成。
 出来るだけプレイングを採用した結果、こんな形になりました。

 プレイング内容だけでは、うまく解決へ繋げるのが難しかったので、色々と付け足す結果に。
 キャラが崩れずに出来たか、どうか……。
 いかがなものでしょう? 気に入ってくだされば、幸いです。
公開日時2008-02-27(水) 06:00
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