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<ノベル>
【銀幕市的百鬼夜行〜妖魅暗躍編〜】鏡の神社
神社に向かった彼らは、突入前に情報を調達する。
「偽神社が鏡写しならば、多少は役に立つかもしれない。調査の前に、神社の間取りを聞いておくべきだろう」
ロゼッタの提案に、ハンスも同意した。
ハンターとしての経験上、下準備は重要だ。ましてや今回は、状況が見えなさ過ぎる。
「そうだな。見取り図があれば、欲しいところだ。――時間はとらせない。短時間で、頭に叩き込む」
そうして、朔夜の父から間取りの情報と、見取り図を入手する。ロゼッタとハンスに倣い、小暮とヘンリーもそれを把握した。これで、内部については問題ないだろう。……あの神社の中が、真実鏡像のようなものであれば、だが。
「油断は出来ねぇな。警戒は、俺に任せてくれよ。……調査は、どちらかといえば不得手なんでね」
小暮の発言に続き、ヘンリーが提案する。
「それは心強い。ああ――ところで、僕は単独で調査したいんだが、構わないかな?」
「危険じゃないか? なるべく固まって動いた方が、良いと思うぞ」
「ミスタ八雲、僕は確かに戦闘は苦手だ。けれどその分、搦め手には自信がある。……なに、迷惑はかけないさ」
小暮は心配だったが、相手もムービースター。根拠のない自信ではあるまい、と思い直す。
「危なくなったら呼んでくれ。すっ飛んで駆けつけるからよ」
「ええ、もちろん。……ご厚意、痛み入る」
引き際を謝るほど、ヘンリーは愚かではない。ロゼッタとハンスも、特に異論はないようだった。
「調査の類は得意な方だ。一人抜けても、問題は無い」
ロゼッタは己への自負ゆえに、それを受け入れる。
ハンスも無言でそれを容認した。仕事への姿勢の違いはあれど、真面目に動いてくれるのならば、問題は無いと考えているのだろう。そもそも『独自のやり方』を持っている者に対し、あれこれ制限をつけるのは、かえって非効率。この場合は、好きに動いてもらった方が、往々にしてよい結果を残すものである。
ヘンリーは全員の了解を得ると、一礼。イレギュラーな行動を許していただいたことに、感謝を表した。
「ではお先に。皆さんも、充分にお気をつけて」
そうして、準備も整い、いざ突入、というところで――。
「あれ? いつのまに二つ目の神社が出来たんだ?」
「ふわー。なんだか、鏡みたい。凄いですねー」
二人の少女の登場である。
あまりに唐突であった為、この場に居る誰もが、これはどうしたものかと、判断に悩んだ。
「どうしてここに? 今、結構な騒ぎが起こってるってこと、知らないのか?」
小暮は問いかけたが、その答えは彼の満足するものではなかった。
「あたしは、師匠から頼まれて、買出しに出てた所だから。何が何やら、わかりゃしないさ。こっちに寄ったのも、この子を見つけたからでね」
「私、ルシファっていいます。よろしく、お願いしますね」
無邪気にも、少女はそう名乗った。続いて、傍で控えていた彼女も、須哉逢柝――と名を明かす。
二人に共通して見られる傾向として、危機感が無い、という点が挙げられる。小暮は、これがいくらかの危険を含んだ仕事であることを、知っている。ここは、止めてやるのが年長者の義務だろう。
「そうか。で、俺達はこれから仕事に入るところなんだ。悪いが、急ぐ用事なんでな。送って行ってやれねぇ」
「送る?」
「ああ、明日には、もう騒ぎは収まってるだろうとは思うけどよ。今は割りとゴタゴタしてる。帰り道で、何が起こるかわかりゃしない状況なんだ。注意して、帰りなよ」
小暮の注意など、まるで意に介さず、須哉は言った。
「まさか。偶然とはいえ、この状況。目の前に事件があるんなら、手伝うのが筋ってもんだ」
「名案だな」
ロゼッタが口を挟む。表情には、遊びがない。真剣に検討しているようだった。
「ムービースターだけでは困難な場面でも、バッキーが居れば簡単に済むことがある。彼女の参加に、私は異議を唱えない」
「決まり、だよな?」
そこまで言われれば、小暮とて拒む理由がなくなる。肩をすくめて、受け入れた。
こうなれば、とことん面倒を見てやるまでだと思い直し、こちらの事情を説明する。こうして、事態を正確に把握した二人の少女は、本格的に事件に関わる事を決意したのである。
「ある意味では、これは良い出会いだったかもしれないな。……よろしく頼む。しかし、ルシファはこんな所まで、よく散歩に来たものだ。正直、驚いた」
ハンスも納得して、二人の飛び入り参加を認める。
ただ、どうしてわざわざ、こんな辺鄙なところまで足を伸ばしたのか。その部分は、気がかりであった。
「特に、理由はないんですけど……散歩していたら、こっちに足が向いたから」
「ふぅん? 何かを、感じ取ったか。それとも偶然か? 都合が良すぎる気が、するんだが」
といって、気にしすぎるようなことでもない。結果的に戦力が増えたのだから、歓迎すべき自体である。目の前の白い少女も、ここに来るからには、何らかの異能を持っているのだろう。侮ってよい相手ではないと、ハンスの本能が告げている。
何より、熟考する時間が惜しかった。見れば、すでにヘンリーの姿はない。先行させることは許したが、後続が遅れすぎるのは好ましくないだろう。万一の時は、駆けつけねばならないのだから。
「じゃ、行こうぜ。ルシファ、傍を離れるなよ」
「うん。がんばろうね、お姉ちゃん」
想いを新たに、五人は神社へと入っていった。そこに待ち受けるものに、期待と不安の入り混じった感情を、向けながら……。
突入と同時に、ロゼッタは魔術の風を送り込む。これは意思を持って飛び回る、一種の精霊といってよい存在である。この風が何らかの要素で途絶えたなら、其処に何かの罠なり敵なりがある……と言う事だ。
「そうだ。連絡を入れておこう」
ハンスは携帯を取り出し、対策課へ状況を伝えようとした。
なんといっても、直前に参入した二人の仲間について、報告しておかねばならない。――それに、この特殊な状況下では、頻繁な情報交換が必要だと考えたからだ。
「……うん?」
しかし、通じない。
耳に当てた携帯からは、コール音一つ鳴らなかった。この神社は、決して圏外ではないはずなのに、まるで機能しないのだ。
「どうした?」
怪訝に思ったのか、ロゼッタが問うた。
「いや、携帯電話が通じないんだ。……どういうことだろう」
「意図的に、外部からの情報を遮断している、と見るべきだろう。どんな奴が相手かはわからんが、存外に器用な能力の持ち主であるらしい」
憶測だが、これも敵が干渉した結果だと考えるのが妥当か。
こうなると、もう割り切って進むしかない。ハンスは携帯をしまい、探索に集中しようと、頭を切り替えた。
全員が隊列を整えて前進。近場の部屋から探って回った。もちろん、廊下も素通りするだけではなく、気を配って隅々まで目を通した。途中参加の須哉とルシファも、慣れないながらも調査に加わり、その力を役立てた。
「これが一種の結界、あるいは作り出された世界であるならば、どこかに基点となる核があるはずなのだが……」
それを見つけて処理すれば、少なくともこの神社は脅威ではなくなる。相手もそれは理解しているだろうから、秘匿する為に手は打っていると見るべきか。
よって、魔術でそれを探り、たどって行きたいとロゼッタは思う。いかに妖力に秀でた相手でも、それと魔術とは畑が違う。時間的に言っても、探知に特化した術までは、対策を整えていないはずだ。
この神社の、核となる部分。そこには偽神社を作り出したものがいるかもしれないし、何か重要な情報があるかもしれない。ここは、一層力を入れて望まねばならぬ。
ロゼッタには自信があり、実力も伴っていた。さらに、事前に仕入れた情報が活用できるなら、もう後は時間の問題と断言できる。しかし、そう上手く事態が進む保証はない。想定外の展開を警戒する為にも、仲間の助力はどうしても必要になる。
彼は、その点に不安は無かった。なぜなら、調査を開始してからというもの、仲間のサポートに不満をまったく感じなかったからである。
「今までのところ、見取り図から、そう逸脱はしていないらしい。……ただ、細かい所を見逃さない様に、気を付けないとな。僅かな差異が、解決の糸口にもなることもあるし」
足を踏み入れて、調査すること十数分。
ハンスの言葉どおり、事前の情報は充分役立ってくれていた。この神社はまさに、鏡像そのもの。記憶した見取り図を参考に、かなり正確に動けるはずである。
「しかし、まるで仕掛けてくる様子が無いっていうのは、かえって不気味だな」
「同感。まどろっこしいのは、嫌いなんだ。向こうから出向いてくれりゃあ、手っ取り早いんだけど」
小暮と須哉は、共にこの状況に焦れていた。二人とも、どちらかといえば、丹念な調査より、実戦を好んでいる。
もっとも、小暮の方は、本業の性質からか、感情を抑える術を熟知していた。面白くない現状でも、耐えるだけならば簡単なことだ。緊張を持続することも、また容易い。
「気は、抜くな。ここはあちらさんの領域だ。いつ何が起こるか、わかったもんじゃない。今は静かでも、常に警戒を怠らないようにしろよ」
「……もちろん。わかってる」
須哉とて、そう深刻に苛立っているわけではない。ただ、流石に二時間も三時間も、こうした単調な仕事が続くならば――その限りではない、が。
「お姉ちゃん?」
「ああ、大丈夫だよ。ルシファ」
ルシファの案じるような視線に、須哉は優しい表情を取り戻す。彼女の顔に憂いがあると、そう思っただけで、気は引き締まる。
心配など、させられない。保護者が居ないこの場では、己がルシファを守るのだ。
「そんな顔しない。……無茶はしないし、きちんと考えて動くよ。第一、怪我なんてしたら、ルシファをちゃんと守ってやれないじゃないか」
「……うん。怪我は、そのうちに治るものだけど。やっぱり、傷付いて欲しくはないもの」
この子が自分の傍に居てくれるなら、大丈夫だと。本気で、そう思えた。
「風が、消えた……?」
「各自警戒しろ! 何かが来る!」
ロゼッタが感付いて、すぐ。小暮も続いて声を張り上げた。
この場において、自分たちの存在を隠すことに意味は無い。こちらが知覚した以上、相手もまたそれを把握しているのだ。
『お探しのものは、見つかったかな?』
唐突に響いた、声。
それに即座に対応したのは、やはりこの手の分野に近しい、ロゼッタだった。
「答えてやる義理はない」
『ほう、ほう。わからぬと申すか?』
「お前が姿を現してくれれば、簡単に述べられたのだが」
全員の視界の中には、特別に怪しげなものは存在しない。ただ、一つ疑えば、全てが疑わしい……と、そう思ってしまうだろう。木目、柱、棚から、それこそ舞い散るほこりに至るまで。
『まあ、それでも放置すれば、すぐに断定してしまうのだろうよ。いや、それではつまらぬ』
だから、一つ余興を用意した、と。その声は語る。
そして鏡が一つ、その場に転がり出てきた。
「これは……」
「ただの手鏡だ。特に何の力も感じない」
ハンスが手にとって確認してみたが、やはり不審な点はなかった。
『余興と、いうたであろう? こちらとしても、貴殿らを傷つけたくはない。意味がないからな。――と、言う訳で探し物の時間じゃ。それと同じものが、この神社のどこかに隠されておる。その鏡を見つけられれば、貴殿らの勝ちとし、知りうる限りの情報を与えよう』
元々、調査目的で入り込んできたのだから、丁度良い遊びではないか……と。
言うだけ言って、その声は消える。最後に笑い声を、不気味に響かせながら……。
「こいつはどうも、やりにくいな」
小暮は呟く。はじめから臨戦態勢で調査に臨み、調査中も、何か起こってほしいという期待があったものだが……。どうも、真っ当な戦闘は期待できないようだ。
彼の殺し屋としての習性が、この生ぬるい遣り口に不満を覚えたとしても、無理なからぬところであろう。それでも、いざ戦闘になった場合には、全員の安全を優先するだけの甲斐性は備えている。
「それでも、容易に警戒を解かない辺りは、流石じゃないか。……俺はどうも、あの声の主が何を考えているのか、わからない。敵意を感じ取れないものだから、余計にね」
ハンスとて、戸惑いを隠しきれないようだった。思考に気を取られ、一瞬とはいえ、無防備な姿を晒してしまっていたのだから、余計に腹立たしい。
無論、顔には出さないが――突発的で理由が見えない行動に、振り回された事実は消えない。ここはどうしても、引き下がれないなと思い直した。
「まあ、それは習性みたいなもんだからよ。それより、今から戦闘に備えた方が良いんじゃねぇ? わざわざあっちから仕掛けてきたんだ。これから何かある、と見るのが自然だぜ」
「そうしてくれるなら、まだ嬉しいんだが……どうかな。用意した銃も、このままではまともに使わせてくれるかどうか、怪しいもんだ」
戦闘行為を否定するわけではない。だが、今回の目的は、あくまでも調査にある。ここに危険はあるのか、事件に関わっているのか。問題が見つかったら、詳しく探り、その成果を持ち帰らねばならない。
すると、敵に発見された時点で、半分は役目を果たしたようなものだが……ハンスは、もっと目に見える成果をあげたいと思う。
「ここは、明らかに一連の騒動とかかわりがある。そうでなければ、『情報を与えよう』なんて、言うはずがないからな。……つまり、少なくともこの場は敵の領域であり、何らかの施設であると考えるのが妥当だ」
ハンスがやっかいだと感じるのは、主導権を相手に握られていることだ。
声には、自信が感じられた。この遊びに乗らない限り、有効な物証などは得られない。そういう自負が無ければ、ああも悠然と構えていられないだろう。
事実、これまではどう調査を行なおうと、めぼしい手がかりはつかめなかったのだ。ロゼッタの魔術でも、芳しい結果は現れないのだから……敵の念の入れようは、尋常ではない。これは、漠然と動いても得られるものは、何も無いと思うべきだ。
「風は送り続けている。罠があれば、まだ相手の思考も読めそうだが、その気配もない。どうにも理解しがたいが……本気で戯れているというのなら、その意図は何だ?」
ロゼッタの疑問に、ハンスも小暮も答えようが無かった。
ただ、須哉とルシファだけが、単純に物事を見据えている。
「これと同じ、鏡を見つけてくればいいんだろ? とっとと探しちまおうぜ」
「私も! がんばって鏡を探してくるよ。みんなで宝探しだね」
これは遊びではない……と、突っ込めるものなら、突っ込みたかった。しかし、これは遊びと、明言されたことなのだ。
他の三人は、苦い表情で、この状況を受け入れた。調査とは、もっと厳粛で、緊張感に満ちているべきだと、そう思いながら。
早速、二手に分かれて、鏡の探索に入ろうとしたのだが――その必要は、なくなった。
「……うん、わかるよ。あっちにあるんだね」
ルシファの功績である。
必要とあらば植物と意思を通じ、声なき物の声を聞くことの出来る力。彼女の異能は、最高の形で探索に貢献したといってよい。
「まさか、相手も渡した鏡を利用されるとは、思わねぇよな」
須哉が、得意げな笑みを見せていた。妹分の活躍に、満足しているようでもある。
「これで、面倒なことはしなくて済む。あたしらが参加できたのは、結構な幸運ってやつだね。まったく」
「……確かにそうだよな。いやまったく、帰さなくて良かったぜ」
苦笑しつつ、小暮が感謝の意を表す。
「私も、お役に立てて、嬉しいです。――あ、あそこ!」
ルシファが指差した先には、祭壇があった。まさに、疑ってくれといわんばかりである。
おおらかな所のある須哉だが、こうもあからさまであると、罠の可能性を考えずにはいられない。これでも、疑って掛かるだけの細やかさは持ち合わせていたのである。
「注意しろよ。あたしなら、この辺りに派手なやつを設置しておくだろうから、さ」
「ん。……もしもの時は、お願い、ね」
ルシファ本人に言われるまでも無く、須哉は彼女に危険が迫れば、身を盾にてでも守るつもりだった。
もし傷と疲労で辛い目にあったなら、抱えて走るくらいのことはなんでもない。それだけの、価値ある役目を、彼女は背負っているのだ。
そしてロゼッタがまさに、罠のありかを探ろうとしたところで――思わぬ人物からの、助言が入る。
「ご心配なく。そこの仕掛けは、無力化しているよ。……もう、すでに僕が引っかかった後だからね」
一人で突入していたはずの、ヘンリーだった。
須哉とルシファは、かろうじて突入直前で、彼の顔を見ている。だから、その唐突な登場に驚きはしても、疑おうとは思わなかった。
「ヘンリー?」
「ミスタ八雲。言いたいことはあるだろうけど、僕はこうして、五体満足でここに居る。……結果よければ、全てよし。と、いうことで、とりあえずは納得してくれないかな?」
小暮が問いただす前に、彼は言うべき事を口にした。
だが、どうして先んじてここにたどり着いたのか。その詳細について語るつもりはない。もっと、重要な話があるのだ。
「確かに、そこには鏡があったよ。……これが、また。とんでもない食わせ物だったけどね」
「抽象的だな。もっと詳しく」
「そうだね。……見た目は、ちょっと古びた手鏡だけど、意思がある。驚いたことに、人の言葉を解して、喋るのさ。あれには驚いた」
ヘンリーは、ここで経験したことを語った。それはまさに、この大規模な怪異に似つかわしい、不可思議な体験であった。
ヘンリーは、紳士強盗である。
妙な肩書きだが、己の性格や、能力もそれに基づいている。映画では、立証不可能な、ネタの実在不明な奇術用いて、主役を翻弄したものである。
ゆえに、これを駆使すれば、霊的な空間の中でもそうそう遅れはとらない。オカルトなどとは、程遠い分野の出でありながら、すでに彼の奇術はそれに近い概念を有していた。
一直線に、迷わず目的地まで来られたのは、己の特性が大きい。その鏡と真っ先に対面できたのは、彼だったからこそ、といえる。
――これで騙せたら、儲けものだけどね。さあ、上手くいくかな?
この時ヘンリーは、自分の姿を変えていた。
姿も声色も、鏡の記憶にある知人のものと同一であり、常人が相手ならば、そのまま騙されたに違いない。
今の彼は、杵間神社から『雲居の鏡』を逃亡させ、銀幕市に混乱を振りまいた当事者――あの、半妖そのものの姿になりすましていた。会ったこともなく、その上この姿がいかなる意味を持つか、彼は完全に理解していたわけではなかったが――。これが、もっとも効果的な格好だと、己の中の概念が告げているのだ。
ヘンリーの奇術は、そんな『ありえない』変装さえ、簡単に実現させる。また、ろくに情報が揃っていないにもかかわらず、祭壇に備え付けられた鏡が大元だと。そう看破した辺り、流石は探偵映画のムービースターだといえる。
彼の推理力は、奇術という能力と並び、理不尽に近い効果を表していた。これには、いかに相手が妖といえども、対応に困ると思われた。
『ほう……ほう! 意外よのう。まさかこのような若人が、真っ先に、真っ向から、ただ一人でワシの元に来たとは。いやはや、まったくもって、この街はあなどれぬ』
しかし、これが残念なことに、この鏡殿はさして動揺することなく、ヘンリーの変装を見破り、笑った。気配等で、偽者と看破されるのは計算の上とはいえ……まさか一見しただけで、理解するとは。
なるほど、鏡の妖怪というのは、厄介なものである。姿形だけには、容易に欺けない。
「――どうして?」
『うかつよな。ワシは鏡ぞ? 贋作を廃し、本質を写すことなど訳もない。……油断する気持ちはわかるが、あまり気を抜かぬことだ』
妖怪は、祭壇に飾られていた。周囲の雰囲気に合わない、普通の鏡が、である。何の変哲もない、化粧道具にしか、見えぬのだ。
そこがまた、不気味でもあった。第一、口を利く鏡とは、一体なんであるのか? ヘンリーは、まさかこのように言葉を交わせるとまでは、考えていなかった。
――ただの妖怪が潜んでいるかと思ってたけど、どうも、奴は普通ではないらしい。
相手が普通の化物なら、この変装で手玉に取ってやれる。そう思っていただけに、この結果には驚いた。
もっとも、そうと見せるほど、ヘンリーは愚かではない。至って平然と、会話を続ける。
「いや、これは失礼。……ああ、確かにそうだ。こうも完璧に杵間神社を写すくらいだからね。最初は、此処に入った人間も左右反転するのかと思ったよ」
『それはいいな。今からでも試してみるか?』
ブラフだ。ヘンリーはそう読んだ。
「やってみたら? 生きながらにして、体が反転する。そんな珍妙な経験も、たまにはいい」
『ほ! よく言った。……もし可能であれば、実験体にでもなってもらったのだがな』
遊びは、これまで。
ヘンリーは享楽的な人間だが、仕事まで忘れたわけではない。ここで情報の収集を図る。
「ただ話をする為だけに、来たわけじゃあない。……質問があるんだけど、いいかい?」
『断る』
即答だった。
「……少しは考えてくれないかな?」
『悪いが答えられん。皆と合流してからくるのだな。……ぬしが単独行動を起こしてくれたおかげで、こちらの計算が狂ったわ。また改めて、時間稼ぎをしなくてはならんではないか』
充分だと、ヘンリーは思った。
間違いなく、この鏡の妖怪は、騒動の中心にいる。そして、今は時間を稼ぐ必要があるのだと明言した。この情報から、ある程度の時間が経てば、この神社が用済みになる、という事実を彼に悟らせる。
その結果が、どのような形で現れるか。流石にわからないが――今聞いて、答えてくれるとは思えない。ただ、全てが終わった後でなら、案外口は軽くなるかもしれない。
『失言であったかな』
「いや、貴重な情報を頂いたよ。感謝しよう」
もっと、聞きたいことはある。
この妙な妖の正体。あの鏡を覗いたら、何が写るのか。やはり、妖怪である以上は、普通と違うものが写せるのか。
『こら、覗き込むな。じろじろ見ても変わりはせん』
おかしな鏡であることは確かなのだし、喋る以外にも能があるのだから、この場で見せて欲しいのに。
『まあ、存外に興が乗ったが、ここまでだ。――去れ』
「え?」
浮遊感を感じた。まずい――と、思った時には手遅れで、銃を構える間すらなかった。
――あれ? ここは、玄関?
まさに、一瞬の出来事であった。神社の奥から、一転して入り口にまで戻されてしまっていた。
体に不調はない。傷一つつけずに、つまみ出された……と、いうことになる。
「参ったね。どうせなら、試しに銃を打ち込んでみるのだったよ」
ここで愚痴っていても、始まらない。また先ほどの所まで戻ろうと、神社へと足を踏み入れる。
そして、再び祭壇までやってきたのだが――そこにはすでに、鏡の姿はなかったのだ。
「ヘンリーの報告を纏めると、こうだな?」
ロゼッタが、彼の証言を要約した。
・探している鏡は妖怪。今回の事件において、重要な役割を持っていると見られる。
・神社の中に隠れて、時間稼ぎに徹している。
・人の言葉を解し、神社内から人を外に飛ばす能力がある。
彼はそれに頷く。
「付け加えるなら、今度捕まえたら、そのときはあっさり喋ってくれるだろうっていうところかな。話した感じでは、ひねくれ物だけど……一度腹をくくってしまえば、潔いものだよ。ああいうタイプはね」
ヘンリーの所感は、おそらく間違ってはいない。これまでの言動から、かなり酔狂な手合いであることがわかる。そういう人格は、ひとたび敗北を認めれば、可能な限り譲歩するものだ。
「すると、あとはどうやって鏡を探し出すか、という問題だけか。……疑うわけじゃないが、少し前までは、ここにあったんだな?」
「そうだよ。なんでだか知らないが、あの鏡は手足もないくせに、自力で動けるらしい。やっかいだよ」
ルシファの能力では、これ以上の探知は無理らしい。移動されてなお、大元にたどり着けるなら、ここまで誘導されないだろう。
「ごめん。私……」
「謝るな。むここまでつれて来てくれただけでも、充分な働きだ」
「そうそう、ここに来られたから、ヘンリーとうまく合流できたんだから、さ」
だが、有効な手段が思いつかない。最悪、一晩中神社の中を歩き回されることになる。こちらが逐一探っているうちに、逃げ回ればよいのだから。
ヘンリーの奇術だけが例外らしいのだが、二度目が通じるとも思えない。ここは敵の領域であるのだから、どうにでも対策は立てられる。いかに暴悪で、理不尽な概念でも、一度目に晒してしまえば、性質を悟られる。特に霊的な力に長けた者なら、防護の手段はいくらでも取りようがあるだろう。
面倒だが、地道にやっていくしかないのではないか。そういう考えが蔓延していたところで、須哉が質問した。どうも、なにか思いついたらしい。
「あのさ。ここは、杵間神社の写しであって、本物じゃないんだよな」
「そうだとしか思えない。それが、何だ?」
ロゼッタが答える。それに続けて、さらに問うた。
「で、もう適当な情報は得て、あとは詰めの一手だけ。そう考えても、いいんだよな?」
「――微妙だが、そう思ってもらっても差し支えない」
今更何を……と彼は思ったが、彼女からの提案は、まさにこの状況を打開するものだった。
「だったらさ、もう壊してしまってもいいんじゃね? この神社」
彼女は、力ずくでこの神社の破壊行為に及び、向こうから出てきてもらうのはどうか、と提案した。
確かに、そんな派手な行為をされれば、放置するわけにはいかない。直接出向いて、お帰り願うのが普通だろう。そして、目の前にさえ出てきてくれれば、いくらでも対処のしようがあるのだ。
ロゼッタの魔術ならば、敵を束縛することも出来る。ましてや、間接的にとはいえ、鏡の力に触れた人間がいるのだ。ヘンリーに使われた術の痕跡を探り、対策を整えることなど、彼には簡単すぎる作業である。
そしてヘンリー自身も、二度と失態を演ずるつもりはない。小暮も、ようやく腕を振るう機会が来たと喜んでいるし、ハンスも現状の打破を願っていた。いささか乱暴だとは思うものの、対案が見つからない。ならば、試してみるべきだろうと結論付ける。
「やりすぎたら、駄目ですよ? ――須哉お姉ちゃんも、怪我するまで暴れたら、駄目だからね?」
ただ、ルシファはあまり暴力や破壊行為には向かないし、望まない。その優しい性格が、ここで自重を求めるのは、自然な成り行きであった。
これには全員が賛同する。彼らとて、好きで神社を打ち壊そうとしているのではない。目的を果たすために必要と思われるから、そうするだけなのだ。
やるだけやったら手を止めるくらいの常識は、備えていたのである。
破壊活動に従事すること三分。思いのほか早くに、鏡は彼らの前に現れた。
『なんて事をしてくれる。最近の若人は、そこまで粗暴になったのか』
「いや、早々に出てきてくれて助かったぜ。こちらとしても、不毛な行為はしたくなかったんだ」
小暮がロゼッタに目配せする。それを合図に、彼は仕掛けた。
『おお?』
「これでもう、逃がさない」
魔術によって、かの鏡を束縛する。
これは低位の、さほど強力な術ではない。しかし、鏡は格の高い妖怪ではないらしく、ひどく狼狽し、その動きを止めた。
『いや、いや、いや……これは、また。なんとも』
「観念したか? ――遊びは終わりだ。洗いざらい話してもらう」
ひとときの逡巡、沈黙の後、それは答えた。
少しは抵抗するかと思ったが、潔く腹をくくったらしい。戦闘がなくて済むなら、それにこしたことはなかった。
『……わかった。ワシの負けだ。何でも聞くがいい』
これで、態勢は整った。あとは、得られるだけの情報を引き出すのみ。
おのおのが、質問すべき事柄を整理し、語りかけた。
最初に須哉が問いかける。
「なんで喋れるんだよ」
『ノリと気合よ。……冗談だ。拳を握りこむな』
「――で?」
『妖怪に理屈が通じると思うか? ……気付いたら、口が利けるようになっていた。声を発する器官など、あろう筈もないのにな? あまり詳しくは聞くなよ。論理的に説明しろ、といわれても困るのだ』
そういうものか、と須哉は思った。もとより、彼女は科学の信奉者ではない。軽い突っ込みの返答が得られただけでも、満足であった。
引き続き、小暮が質問に入る。
「もう一つ。お前が銀幕市を襲った異変と、どのような関わりがあるのか。吐いてもらおうじゃねぇか」
『ワシの友人に、コトハという、えらく不器用な半妖がいてな。一つ大仕事をやらかすから、手伝ってくれと頼まれた。……友人の頼みは、断れぬ』
半妖……というものが、全体の事件の犯人であること。そして、その彼の目的が大妖怪の復活にあることなどを洩らした。
それについて、重大な情報だと皆は認識したが、まだ疑問は残っている。友人、と妖鏡は言った。主人、ではないのである。
「友人なら、なんで止めてやらなかったんだ? こんな馬鹿げたことが、成功するなんて思えねぇんだが」
『だからこそだ。これが最後と思えば、奮発してやりたくなるものよ』
小暮は、もうそれ以上は聞かなかった。そんなものかと、鷹揚に理解する。
「ところで、この神社はあんたが作ったものと考えて、いいんだな?」
今度はハンスが問う。
「この建物、鏡さんが作ったの?すごいねー!」
『さてな。こうして無力化されている以上、さほど凄いことだとも思えぬ。二の手、三の手も考えてはいたが、どうもワシらにはツキがなかったらしい』
ルシファの感嘆も、これにとっては感動するようなことでもないらしい。
『まあ、そう考えていただいて、構わぬよ。なぜか、と問われれば――ふむ』
これは、当初から疑問だったことだ。せっかく犯人を無傷で捕まえられたのだから、当人から納得のいく説明が欲しいとハンスは思う。
『いくつか理由はある。まず一つに、今銀幕市を襲っている怪異から、杵間神社を守る為だ』
それというのも、杵間神社の神宝、雲居の鏡が出て行ってしまったことが原因である。
この妖鏡は、半妖との間にいくつかの約束事を設けていた。成功したら彼是……という部分は、もう意味がないだろうから、それ以外について。
『ワシは、元々この神社で使われていた手鏡。件の騒ぎで、ちょっとした変り種として、意思を持つようになってな。もっとも、こんな奇妙な力を持つようになったのは、あの友人のせいでもあるのだが』
あの半妖は、対象の想いや願いを増幅させる能力を持つ。他にも色々と奇妙な力があり、結果としてこんな妖鏡が生まれてしまった訳だが――まあ、それはどうでもよいか、と話を進める。
『数十年もこの場で過ごしてきた。すると、やはり神社にも愛着があるわけで。……できれば、何があっても守りたいと思うのだ。元よりこの地は、霊的な守護が大きい。杵間神社の写し身を用いて、我が力まで加算させれば、さらに守りは厚くなる。さすれば、いかなる災いからも守りきることが出来る――はずであったのだが』
とはいえ、何事も例外はある。今こうして、敵の前で無防備な姿をさらしているのだ。思っていたよりも、穴がある作戦であったらしい。
『そしてもう一つ。それは、こちらに調査の人数を割くことで、初動を遅らせることだ。……いささか無理やりな感があるが、戦力を分散させ、こちらに釘付けにすることで、コトハの役に立とうと思った。可能であれば、ここから密かに奴を支援してやろうかと思っていたが……貴殿らは、あまりに迅速だった。試みる前に、このざまよ』
そしておそらく、半妖自身は、もう思惑を破られ、敗北している頃合であろう。
鏡は、それを予期していた。わかっていながら、これも義理だと思い、時間を稼いでいたのである。……せめて、あの不器用な友人が負けるまでは、協力し続けていたい。そう、思っていたから。
絞れるだけ情報を絞った彼らは、鏡の処分をどうするか。その点についても思いを致していた。
『煮るなり焼くなり、好きにすればよろしい』
と当人(人という文字を使うのは適当でないだろうが)は言うのだが、勝手に決められることではない。
「処分は、当事者たる杵間神社の方々に、一任するというのは?」
ハンスの提案に、誰も異論は唱えなかった。対策課へ報告する際は、その方針で調整した。
どうしても相容れない場合は、容赦なく叩き潰すのが道理。事件が全て解決した後、話し合い、なお害をなす意志があるならば……。これを見逃すほど、銀幕市の住人はお人よしではない。
そして、この騒動はついに、解決する。その鏡の妖怪にとっては予想通りの、面白くない結果を伴って……。
『あの馬鹿め。ワシ一人が生き残ってしまったではないか』
結局、妖鏡は生き残った。日村朔夜を始めとした、神社の人たちが、生かすことを選んだからだ。
朔夜はバッキーを抱え、銀幕市で様々な事件に関わる身である。鏡がものを言う程度で毛嫌いしたりはしない。特に被害者が出たわけではないし、容認してもよかろうという結論になった。
それに全体として、いささか後味の悪い結果に終わったこともあってか、これ以上不毛な行為は目にしたくもない、というのが本音らしい。
『なあ、コトハよ。お前がなぜ、そこまでして破滅への道を選んだのか。理解してやれる奴は、どれほどいるのかなぁ……』
妖怪のために。その想いは、純粋だった。
方法が間違えていたことは、わかっていた。しかし、それでも、と。やるのだ、と――決意して。
負ければ、滅ぶことは覚悟していたろう。最悪、この銀幕市で妖怪の立場が悪くなることも、ありえるかもしれない。それをわかっていて、なお、引き下がれなかった。……真に、不器用な男だった。
僅かな救いは、最後にいくらかでも、コトハの想いを汲み取ってくれた者が、いたことだ。
ゆき、という座敷わらしは、「ありがとう」……と、言ってくれたと聞く。
『汚れ役を、誰かに押し付けるものではないぞ? ――誰もが皆、困ったそうではないか』
コトハを殺すことを、皆がためらった。それでも仕方なく、最後は大男が手を汚した。
この話を聞いたときは、さもあろうと思いつつ、ならば何故あがかなかった、と怒鳴りつけてやりたくなった。
『けじめ、だと。そういうのは容易い。――しかしな、友としては、納得もしてやれんのだ』
すでに、何もかもが遅い。死者にしてやれることなど、何もないのだから。
もうすぐ、春が来る。
生きていれば、花見でもして、この世を謳歌できたものを。
ままならぬものだ……と。寂しく、鏡は呟いた。
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クリエイターコメント | 共同シナリオ、ここに完成。 出来るだけプレイングを採用した結果、こんな形になりました。
プレイング内容だけでは、うまく解決へ繋げるのが難しかったので、色々と付け足す結果に。 キャラが崩れずに出来たか、どうか……。 いかがなものでしょう? 気に入ってくだされば、幸いです。 |
公開日時 | 2008-02-27(水) 06:00 |
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